FM釧路で放送されました。

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6月 082012
 

FM釧路パーソナリティさとう晴美さんが阿寒の森に来て下さって、我が家の紹介をしてくれました。

阿寒の森のパイオニアラボ

デッキでインタビューの生中継。

阿寒の森で、開拓生活のインタビューを生中継

さとう晴美さんのブログ『さとプらりん』の「2012年6月8日の阿寒中継ダイジェスト!」に詳しい内容が紹介されています。

是非ご覧下さい。

朝の食卓「もちをついて一人前」執筆

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12月 262010
 

北海道新聞朝刊のコラム「朝の食卓」に記事を執筆しました。

2年間続いた連載も今回で最後です。

もともとのタイトルは「餅を一俵つければ一人前」だったんですが、長すぎると言うことで「もちをついて一人前」になりました。

毎回、悪戦苦闘の執筆作業でしたが、思いっきり脳みそを使って楽しんだ2年間でした。
自分の考えをわかりやすく正確に伝える良い勉強になりました。 これからも執筆の機会があれば、果敢に挑戦していこうと思っています。


「もちをついて一人前」 有明 正之

毎年この時期に、もちつきをしている。近所の農家が何家族か集まって、きねと臼でペッタンペッタンともちをつくのだ。最近では見かけることの少ない年末の風物詩だ。本州から移住して来た年に、お世話になっていた農家に誘われて以来、わが家の年中行事になった。

初めのころは要領がわからず、力任せにきねをふるい大汗をかいた。翌日は筋肉痛だ。それに比べると地元の人は手慣れている。私よりずっと年配の人でも無駄な力を使わずに上手にもちをつく。やはり経験の積み重ねは大事だなと感心させられる。

昔はもちを一俵分(約60㌔)つければ一人前と言われたそうだ。臼で言えば約18杯分、かなりの重労働だ。確かにこれだけの仕事をこなせば周りは認めてくれるし、本人の満足感も大きいだろう。

年が明ければ成人式がある。一律にはたちになったから、今日から君は大人ですよと言われても、実感がわきにくい。いっそ昔のもちつきのように「これが出来たら一人前」方式にしたら面白そうだ。

仕事や家事、勉強、趣味など、さまざまな視点で一人前と認められることが出来た時を成人とするのだ。  画一的でない多彩な特技を持った個性ある大人たちが増えれば、多様な価値観を認め合える楽しい社会になって行くに違いない。

(パイオニアラボ代表)・釧路

朝の食卓に「巨木巡り」を執筆

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11月 042010
 

北海道新聞朝刊のコラム「朝の食卓」に記事を執筆しました。

今回は巨樹巨木にまつわるお話しを書きました。

ところで、巨木が一番たくさんある県はどこか知っていますか?

コラムを読んでもらえれば、意外な事実がわかります。


「巨木巡り」 有明 正之

林野庁と道が共催する巨木巡りのツアーに参加した。直径190㌢、周囲6㍍近くもある標茶の大ミズナラや、浜中の白エゾマツ等、道東を代表する巨木を見、触れる事ができた。

理屈なしに巨大さに驚き、その圧倒的な存在感から神秘的なパワーをもらった気がした。楽しくて充実した体験だった。

ところで、全国の巨木の数を都道府県別に見てみると、1位が東京都、次いで茨城、千葉と意外なことに首都圏が上位を占めている。

面積が日本の約20%もある北海道は、なんと35位だった。東京都の3799本に対してわずか878本、豊かな自然のイメージ丸つぶれである。

 

実はこの数字、実際に調査計測された木の数だけをカウントしているため、市民活動で巨木調査をしている首都圏の方が数の上では圧倒的に多い。

正直、この結果はちょっと悔しい。ぜひ北海道でも地域活動として、身近にある巨木を探すイベントを企画してみてはどうか。

北海道の自然の豊かさを、全国にアピールする絶好の機会だし、自然に触れ環境保護を考える良いきっかけになるはずだ。

私も今年の冬は、スノーシューで阿寒の森を散策し、個人的な巨木探しツアーをしようと思っている。

(パイオニアラボ代表)・釧路

「巨木巡り」 有明 正之

朝の食卓「ガンビの話」執筆

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9月 192010
 

北海道新聞朝刊のコラム「朝の食卓」に記事を執筆しました。

北海道では白樺の樹皮のことをガンビと言います。今回はそのガンビの話です。


「ガンビの話」 有明 正之

阿寒の森に住み薪ストーブを使い始めたころ、近所の人がこれ使えと言って白樺の皮を持って来てくれた。北海道では白樺の皮をガンビと呼び、たきつけとして当たり前に使っていたそうだ。

実際に火をつけてみると、黒煙を上げジジジジと勢いよく燃える。油分が多いためすぐに着火し、火持ちもいい。乾燥させたものを適当な大きさに切って常備しておくと、最高のたきつけになる。

昔、山に入る猟師や木こりにとって、火おこしの材料としてガンビは必携品だったという。時には棒の先に巻き付け、たいまつとして使うこともあったそうだ。今風に言えば、まさにサバイバルグッズだ。

当時は、立木から切り取って使ったりもしたらしいが、樹皮をはがされた木は枯れてしまうので、今ではそんなことはしない。森の中を歩いていて、運良く拾ったときだけ、ありがたく使わせてもらっている。

ガンビを燃やしたときに出る煙には、燻煙のような独特の芳ばしさがある。だんだんとこの香りをかぐと、条件的にまきストーブのぬくもりを連想し、温かな心地よさを感じるようになった。

開拓時代の先人たちにとっても、ガンビの煙のにおいは心温まるものだったに違いない。そう想像すると、ほんの少しだけ当時の開拓者の気持ちを共有できた気がする。

(パイオニアラボ代表)・釧路

朝の食卓「熊出没注意」執筆

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8月 272010
 

北海道新聞朝刊のコラム「朝の食卓」に記事を執筆しました。

パイオニアラボのある阿寒の森に生息しているヒグマの話を書きました。


「熊出没注意」 有明 正之

街に行こうと車を走らせていたら、左手のササやぶから大きな生き物が飛び出した。
ヒグマだっ! あわててブレーキを踏むと、そのクマは道路を横切って反対のやぶに走り去った。一瞬の出来事だった。
私たちの暮らす阿寒の森にヒグマが生息していることは知っていた。足跡や落とし物は度々見かけていたし、地元の猟師によると、わが家の裏手が通り道らしい。
しかし、十数年暮らして実物を見たのはこれが初めてである。まぶたの裏にリアルに残るヒグマの姿を思い出しながら、しばしシートの上で初遭遇の余韻を楽しんだ。
ヒグマが生息する森に暮らしているのだから、「怖さと注意」を忘れないように心がけている。森を歩くときは必ず鈴を鳴らし、残飯やごみは絶対に外に放置しない。
ヒグマの方でもわが家から一定の距離以内には近づかないよう気をつけているふしがある。お互いに相手の生活には干渉しないのがこの森に暮らすルールであり、野生動物とうまくつきあう秘訣である。
怖さを忘れ、注意を怠ると、事故が起こるかもしれない。それはどちらにとっても不幸な結果になってしまう。

そうならないために、緊張感だけは忘れないようにしながら、動物たちと近所つきあい出来るこの森の暮らしを楽しんでいる

(パイオニアラボ代表)・釧路

朝の食卓に執筆「生まれたての森」

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7月 202010
 

北海道新聞朝刊のコラム「朝の食卓」に記事を執筆しました。

パイオニアラボがある阿寒の森について書きました。


「生まれたての森」 有明 正之

私の住む阿寒の森は、一度皆伐された森林が自然に再生して出来た2次林だ。地元の人の話では、終戦後にほとんどの木が切られてしまったのだそうだ。

痛ましい話ではあるが、戦後60年以上たった今では、夏にはうっそうと葉が生い茂る立派な雑木林にまで回復した。

この森の中で、わが家の建つ一帯だけは1ヘクタールほどの広場になっている。

引っ越して来た14年前、この広場は一面の笹原だった。家の周辺だけは刈り払ったが、大半はそのまま放置しておいた。

ところが5~6年過ぎたころから、笹のあいだから萩の木が生えて来た。数年たつと、かつて笹原だった場所は萩などの低木で覆われるようになった。

最近では低木のあいだからハンノキやエンジュなどの樹木の若木が頭をのぞかせている。この調子で行ったら20年後には若い雑木林に育つのだろうか。数百年後には太古の森になるかも、と思うと実に楽しい。

森林の育成といえば枝打ちや下草刈りを思い浮かべるが、あえて手を加えずただ見守る事も一つの方法かもしれない。人間から見た生育はいくらか遅れるかもしれないが、森林のライフサイクルから見たらほんの一瞬にすぎないのだから。

生まれたての森の成長をこれからもずっと見守り続けたい。

(パイオニアラボ代表)・釧路

朝の食卓に執筆「景色を買う」

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6月 062010
 

北海道新聞朝刊のコラム「朝の食卓」に記事を執筆しました。

阿寒の森を開拓していた頃の話です。
「景観を守る」事について書きました。


「景色を買う」 有明 正之

出先できれいな景色に出会いカメラに収めたけれど、家に帰ってから見ると画面のど真ん中に電線が映り込んでいてガッカリした、という経験を持つ人は多いと思う。

カメラは、視界に入る物すべてを情け容赦なく切り取ってしまう。だから写真で見て初めて、こんな所にこんな物があったのかと気付く事がある。おかげ大傑作になるはずだった作品が台無しになってしまったりする。

あんな所に電線があるのが悪いのだと恨んでみてもしょうがないが、海外から来た知人も日本の道路を走っていて、電柱や標識の多さには驚かされると言っていた。彼らに言わせると、「見苦しい景色」なのだそうだ。

欧米では電柱の無い街並みも多い。美観を重視し電線は地中に設置するそうだ。日本でも地下埋設化を進めているようだが、膨大な予算が必要なため、なかなか進んでいないらしい。

そんなこともあって、阿寒の森に移住して家を建てた時には、家から見える範囲100㍍程は電線を地下埋設した。せっかくの景観を損ないたくなかったからだ。

視界の中に武骨な電柱や電線が見えない景色は気持ちが良い。コストはかかったけれど、ちょっと気どって「美しい眺めを買った」と考え、満足している。

(パイオニアラボ代表)・釧路

朝の食卓に執筆「旅の暮らし」

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4月 232010
 

北海道新聞朝刊のコラム「朝の食卓」に記事を執筆しました。

キャンピングカーを改造した移動事務所(モバイルオフィス)

現在パイオニアラボで使っている移動事務所(モバイルオフィス)について書きました。

キャンピングカーを改造した移動事務所で旅をしながら生活する、と言う新しいライフスタイルの実験をかねた小旅行でした。

最小の生活空間での生活は、究極のエコライフでもありました。


「旅の暮らし」 有明 正之

しばらく旅に出ていた。と言っても海外旅行や温泉旅行ではない。小さなワンボックスのキャンピングカーに生活用具一式を積んで、北海道内を回っていたのだ。

車には、コンピューターと携帯端末利用のインターネット接続も完備し、普段通りに仕事が出来る。こうなると、旅と言うよりは移動しながらの生活、と呼ぶのがふさわしい。

同じ様にコンピュータに向かう仕事をしていても、窓からの景色が毎日違うのは新鮮な経験だ。テクノロジーの進歩は、こんな生活や仕事のスタイルを可能にしてくれる。面白い時代になったものだ。

3畳に満たない居住空間が全てだから、おのずと生活はシンプルになる。持って行けるのは、欲しい物や有ったら便利な物、ではなく、必要な物だけに限られる。

電気はソーラーパネルと走行中にバッテリーに充電された分だけ、水はポリタンクの20リットルで全てをまかなう。わずかな電力消費にも気を配り、無駄な水は一切使わない。

身の回りから不要な物をそぎ落としていくと、最後にたどり着くのはこんなライフスタイルかもしれない。不足した暮らしを楽しみ、補うためにさまざまな工夫をすることで「足るを知る」ことが出来るはずだ。

シンプルにすれば物事の本質が見えると言う。面白半分で始めたこの旅の暮らしだが、生活する事の本質を学んだ気がする。

(パイオニアラボ代表)・釧路

朝の食卓に執筆「追跡」

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3月 132010
 

北海道新聞朝刊のコラム「朝の食卓」に記事を執筆しました。

雪の上に残されたエゾリスの足跡を追跡(アニマルトラッキング)した話です。


「追跡」 有明 正之

森の楽しみの一つにアニマルトラッキングがある。雪の上に残された動物の足跡を観察し、追いかけるのだ。

春先の固く締まった雪の上に、うっすらと新雪が積もった朝は絶好のチャンスだ。森の中に入り、残された動物の足跡の中からその日の対象を選び追跡を開始する。

今回の相手はエゾリス。ウサギに似た足跡だがずっと小振りで、後足の直後に小さな前足の跡が横並びにある。逆台形に並んだ足跡は特徴的で、見分けがつけやすい。

足跡をたどり、カラマツの植林地に入ると、一面エゾリスの足跡だらけだった。その中から特定の足跡を見分けるのは大変だ。エゾリスは木に登り、隣の木に飛び移って移動したりするから、目的の足跡を見失わずに追いかけるのは至難の業である。

それでも目が慣れ、目指す相手の足跡の特徴が見分けられるようになってくると、一匹のエゾリスが森の中を飛び回っている様子が想像できるようになり楽しい。

追跡は森のはずれに立つエゾマツの大木の所で突然終わった。この木からいくつもの足跡が放射状に出入りしている。どうやら私の追いかけていたエゾリス君はこの大木を住まいにしているようだ。

一度も会ったことが無いのに、もうすっかり顔なじみになった気がする小さな友に別れを告げ、帰路についた。

(パイオニアラボ代表)・釧路

朝の食卓「火のある暮らし」を執筆

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2月 052010
 

北海道新聞朝刊のコラム「朝の食卓」に記事を執筆しました。

薪ストーブを使って感じたことを綴っています。


「火のある暮らし」 有明 正之

我が家の暖房は薪ストーブだ。森の暮らしを思い立った時、燃料は薪を使おうと考えた。再生可能なエネルギー源であり、正しく使えばローインパクトな生活が出来ると思ったからだ。

薪の良さは環境への優しさだけではない。パチパチと木のはぜる音や炎のゆらぎは人間の五感にも優しく、火力が強くてもまろやかな暖かさはポカポカと心地よい。

人類の祖先は、火を手に入れコントロールすることで、闇の恐怖から解放され文明を発達させたと言う。薪ストーブに限らず、たき火やローソクの炎が心地よいのは、そんな太古の記憶が呼び覚まされる為かもしれない。

ストーブの中とはいえ家の中で薪が盛大に燃えているのだから、安全には細心の注意が必要だ。そのうえ、着火してから暖かくなるまで時間がかかり温度の微妙な調整は効かない等、今時の暖房器具に比べると原始的で不便な道具である。

科学技術が発達し、オール電化や電磁調理器の普及によって日々の暮らしの中から「火」が消えつつある。安全で利便性の高い「新しいエネルギー」が、使い方によっては危険な「火」に取って代わるのは、当たり前のことである。

けれど火のない暮らしは、私にとってひどく味気ない世界に違いない。多少不便で手間がかかっても薪ストーブを使い続けようと思っている。

(パイオニアラボ代表)・釧路